
1月分の独り言。
2月分の独り言。
3月分の独り言。
4月分の独り言。
今月分の独り言。
1997 12/11
最近ちまたではuo(ウルティマオンライン)なる物がはやっているそうだ。確かに話を聞くと面白そうで実にやってみたい。金がないのが主な理由でやってはいないが,想像や伝聞ではかなり現実世界に近いrpgになっているようだ。お金の概念などが非常に重要視されているようにおもわれる。お金や経済の概念が導入されると,自然と管理が行われる。では管理する人間は一体誰なのだろうか?もしこの管理する人間がコンピューターならばもしかしたら,政治さえもコンピューターで行けるかもしれない,だがそれを決めるのも今の政治屋なのだろうか・・・・・(今日はねたなし)
1997 12/10
最近デジタルというものが大流行らしい。一時期,時計におけるデジタルがもてはやされたことがある。しかし時計におけるアナログの方が優勢である。これをもってデジタルよりアナログの方がいいとは言えない。デジタル化という物は,明確に数値化し,狂いがないようにし,そして,その状況を遜色のないよう実現する。そして,そのつぎも・・・・・というようにいつでもどこでもかわりなくが,デジタルの主たる目標である。だが,アナログはというと何となくピンとこない。アナログは,その感じを大体つかみそしてアバウトに数値をだすといえば,ただ単にデジタルの精度の悪い物である。するとアナログ→デジタルとなってしまう。ではアナログとは何なのであろう?機械仕掛け?いや,それも違う。デジタルとは機械自体そのままであり,アナログとは人間の予測+数値情報である。たとえば,アナログ時計で9時と3時を見間違うことはあるだろうか?極論であるが,もし時計に表示板が無く腕にさえつけていなく,しかも秒針がないとしたら9時と3時は非常に見間違いやすいが,見た瞬間に「えっ,あ,違うやん」と思うであろう。それは日の高さから判断したのかもしれない,腹の空き具合から判断したのかもしれないが,取りあえずこれらは,間違いの判断基準にはなる。しかしデジタル時計をもっていれば,暗闇に閉じこめられようと時間は把握できる。つまりデジタルこそ正確さ明確さを追い求める現代社会に通じる唯一の道だ!しかし,真冬の午後6時と午前6時を判断するときは非常に難しい。しかしデジタルに大きく依存している人類だとすれば,たとえ腹の空き具合で自分は間違っていないと思っていても,デジタル時計を見た瞬間自分に対する信頼はまさに0になる。つまりデジタル化に依存すればするほど人間の感覚は入りにくくなる。よく言えば科学的観測に不可欠な客観的になるのである。しかし客観化は進めば進ほど人間達の入り込む隙間はなくなり,単なる一個の道具としてかとらえられないようになってくるのかもしれない。常に人間が中心で,その人間が下す判断が例え間違っていても,それが正解であり,その間違いを修正するのも又人間であり。その間違いを起こしにくくデジタル化のような物をすすめるのも又人間であるという事を忘れてはならない。そして判断されるのが人間であるという事もである。
1997 12/9
カレーといえば,皆さんはどのうような種のカレーを思い浮かべるであろうか。ポーク,ビーフそれともシーフード?しかし私は唯一の物しか思い浮かべない。そう,ビーフ以外は考えられない。関西では,カレーの接頭語にビーフと歌わなくても必ずと言っていいほど,ビーフカレーなのである。それを裏付けるように,ボンカレーやククレカレーにはビーフボンカレーなどのビーフを臭わせる言葉は入っていないのである。(今日からこういう風なみじか〜いやつにするっす。ネタないし(汗))
1997 12/2
旅行先で枕が何となく疎遠に感じられ,寝付きにくいという体験をしたことはあるだろう。いやー何となく感じが違って,やっぱり枕の堅さですかねーという人が多いが,これより大きい要因があると思う。それは臭いだ。もし,今あなたの近くに自分の枕があるなら臭ってみよう,すると確かに”クサイ”がそれは許せるクサイではないだろうか?(行きすぎるとただ単に汗くさいだけですけど,あるていどあるていどね(爆))それならば,他人の枕(奥さんとか,恋人とか)の枕を臭ってみるとわかるとおり,明らかに違うニオイがする。それがクサクても,クサクなくても何となく安心できないのではない。嗅覚という物はかなり精度がいい,手触りや音などの物は「え,これってアレですか?」という答えが多いようにかなりアバウトである。だが,ニオイを取り間違えることは大変少ない。自分の家のニオイという物もあって,自分の家は無臭なのだが,他人の家は何か独特のニオイがする。何となく家が落ち着くというのも,もしかしたらニオイが大いに関係しているのかもしれない。動物にもマーキングというものがあるように,本能的にも人間にその様な機能がまだ残っており,それが人に警戒や安心の合図をおくっているのかもしれない。もし枕が違って寝付け無いという人は,枕ではなく枕カバーだけを持っていくと荷物が軽くすむかもしれない。
1997 12/1
関東にあって関西にない言葉というものは意外と多く,「うざい」というのも又その一つである。もし,関西人で「その言葉は知ってるで」という人はいるかもしれないが,日常では使っていないのではないだろうか?基本的に関西で日常会話に「うざい」がでてくることはまずありえない。私は関東人ではないので,関東の人たちがどの様なニュアンスで使っているかはわからないが,大体の感じから言わせていただければ,面倒くさいと,むかつく,たして2で割ったもの,という感じでとらえている。が,むかつくは特にかなり「ムキッ」って時にに使うものである。そして面倒くさいは,なんだかいろいろやんなきゃ,と言う徒労感を含んでいる文字である。が,この二つの言葉の決定的な違いは,「むかつく」は,他人に与えられた直接的行為に,いらつくのであるが,「面倒クサイ」は自分のやる(特にいまからやる)行為にいらつくのである。たとえそれが他人に与えられた事務的任務であったとしても,自分の行為にいらつくので私の述べる基本的なことは踏襲している。となると,「うざい」というのはかなり残酷な言葉になってくる。つまり,「俺がてめえにむかついてるのは当然,おまけに今俺がやってる(やらされる)ことめんどくせーから,さらに機嫌わるいぜ!」という意味も含める。だが,もし関西でウザイという言葉を使うとなると単に,「おら,てめーおれの前から消えろ!」という言葉になる。関東人はそんなにも世の中にいらついているのであろうか(爆)
(母音が「むかつく」にも似ているのにも注意)
1997 11/29
私がコンビニで好きな品目のひとつといえばおにぎりである。また最近は、日本古来の食べ物とはおもえないほどかなりの数のおにぎりの種類がある。しかしほとんどの種に共通していることは、海苔に包まれているということである。あのパリっとした感じの海苔が好きであるのだが、反対にそのパリっとしたものはだめだという人もいるのである。私も確かに、極度に乾燥した海苔が唇に張り付き皮膚を持っていかれ非常に痛い思いをしたことや、旧式の引っ張るタイプのおにぎりで大半の海苔を持っていかれた腹を立てたことはあるが、やはりあのパリっとした感覚が大好きなのである。嫌いな人は単に、前述のことだけで嫌いであるとかそういうことではないと思うのだが、やはり気合の入ってない海苔をすきであるということは理解しがたい。どうも、しんなりとしていると、海苔の香り、歯ごたえ、独特の香ばしさが、なくなってしまい海苔のまいている意義自体が失われているような気がするのでいただけない。ときどき昼飯時にパリっとしたのりを、湿らせるために、カバーをはずしておいている場合がある。その時私は「食べないの?」と思わず聞いてしまうのである。(また自分本意な意見ですな)
1997 11/28
丼物(どんぶりもの)は私の好物の一つである。主に,がつがつと手軽と安価なのが好きなのだ。丼物は,ご飯の上に一歩間違えば胃から逆流してきたとおぼしき具が載っている単純な料理である。いわばご飯+おかずが一体になっている料理で,どこの国にも似たような感じのものがあり,いわゆるワンディッシュ,一皿に盛れる料理として,ファーストフードの起源のようなものである。したがって,味的にそれほどの違いを出せるようなものではなく,奇抜な味を避け,できるだけ一般的な味でおしすすめる場合が多い。つまり安価な点,量という点で,丼物は庶民の味だ。一方今や高級感の否めないにぎり寿司というものがあるが,これもご飯+おかずという形態をとっている。だが,手軽でかつ,味的に奇抜なものはない。おそらく速さでは丼物に遠く及ばないだろうが,最近は回転寿司なる物で,速さや量的なものも補いつつある。その昔江戸で寿司というものは,かなり安価な食べ物であったらしい。いつのまにか値段が高くなってしまったのだが,やはり寿司は庶民の意識の中に深く根付いている。なんとか安心して昼間に寿司をたらふく食えるような値段や量にならないものだろうか。(むっ,今日はやたらとしりきれとんぼだな)
1997 11/27
缶やペットボトルに入っているお茶を買うのに,抵抗がある人が居るようだ。そのような人に言わせると,「お茶なんてタダみたいなもんやんけ」や「なんだか良いお茶使ってなさそう」という。でもって中身にかかる金額が,コーラーやファンタとも早々変わりなく,ほとんどが,流通費や人件費などなどということを知ってる人は「お茶のくせに金取るって言うのが気にくわん」という人が多い。とすれば,彼らは,貧乏性なのか,さもなくば静岡県への嫌がらせ団体に所属でもしているのであろうか?いや,おそらく彼らは,あまりお茶が好きではないのである。実際,「お茶が大好き」という人はジュース(100%以外はジュースじゃないっていうサン・マ○クロシステムズの様なことを言わないように)みたいな人はジュースよりも,お茶を選ぶであろう。実は私もジュースよりもお茶が大好きなタイプであり,反対にジュースを最近批判してしまう。「糖尿病,あまったるい,貧弱な飲み物(謎)」という考うる限りの悪口を,お茶をバカにされたときに吐き出す。しかし自分を正当化するわけではないが,ジュースの糖分は実際暴虐的であり,糖度系も真っ青(赤だけど)という具合である。しかし,実際はジュースを好む人の方が数が多いようである。まぁ最近,お茶族には幸運なことに,最近いろんなタイプのお茶が出回ってくれているのはありがたい。この調子でいけば,自動販売機の列の一段全てをお茶で占める日は遠くはない(野望!)。
At for 今日は完全に独り言だ(爆
1997 11/26
最近つまらないPC誌が結構ある。一時期パソコンやインターネットブームで,増え続けたPC誌も今は,一段落つき,これからは自然淘汰の時代だとおもっていた。が,この調子だと,ほとんどのPC誌は廃刊してしまうのではないかと思うほど,どの雑誌を読んでも買いたいとは思わない。PC関連のニュースはほとんどメールで配信して貰えるし,ゲームや何にしてもほとんどネット上の方が早い。結局雑誌媒体という性格上やはりネット上より遅くならざる終えない。だが,果敢にも勝てない戦いにほとんどの雑誌が挑んでいるようだ。雑誌はNEWSトピックでおそろしく遅いバージョンのIEを付けたり,1ヶ月前にリリースされてゲームソフトを最新キャッチ!とか,書いてたりする。では,どの様なものが雑誌をおもしろくするのかと言えば,やはり情報の選りすぐりである。つまり,これはプレイしたから面白い,やってみるべしとか,おすすめを紹介するのが一番嬉しい。だが,これは結局ニュースの焼き直しである以上,どれでも紹介しちゃえ!となってしまい,前述のパターンにはまってしまう傾向があるだろう。雑誌が,今ある転換点にいるのは事実である。
1997 11/25
電車の中で鳴る携帯電話はあなたにとって,迷惑なものであろうか?私にとっては,物理的つまり音量的には迷惑ではないが,精神的には非常に悪い。携帯やPHSが車内で鳴り,そしてその人が電話に出ている間は非常に気になる。というより,耳に付くのである。つまり,隣でおばちゃん同士が,でっかい声でしゃべっているのと,若いねーちゃんが,ぼそぼそ小さな声で携帯で出ていたとしても,やはり若いねーちゃんの方が耳に付くのである。何故か?それは,おばちゃん同士の話は会話として成り立っていて,二人が話すことにより,そこで物語は始まり,頭の中に想像する暇もなく,物語は終わる。だが,一人の場合,相手の声が聞こえないので,物語は完結せず,自分の想像を張り巡らせる分,気になるのである。(ねーちゃんという点で気になっているかもしれないが(爆))こんな経験はないだろうか,電車の中で二人が話している話を盗み聞きしているわけではないが,自然と話を聞いてしまう。ところが,その二人は自分の降りる駅より手前で降りてしまい,その話の最後が聞けず,非常に悔しい思いをすることである。もし,今の携帯電話公害(?)といわれるようなものをなくそうと思えば,相手の声も外に出るようにすれば,一気に解決するのではないだろうか。
1997 11/22,23アンド24(バキっ
関西の名物というとやはりお好み焼きを思い浮かべる人が多いであろう。しかし,すこしかんがえてみると,名物といえば,その土地でしか取れないものとか,特別うまいものという感じで,名物とか特産とかの札をかけることができるのものである。ところが,お好み焼きの具である小麦,豚肉,イカ,その他諸々を見ていただいてもわかるとおり,決して関西でしか取れない,取れたものがうまいというものではない。ではなぜ,関西名物などというノボリが,屋台で立っているのであろうか?関東の人間がどう思っているか知らないが,関西人は結構小麦粉ものを食っていると思われがちだ(たこやきなどなど)。だが,実際にはそうはお好み焼きを食べない。人によっては屋台とかでしか食べないという人もいるほどなのだ。そうするとますます何故関西名物なのかという事がわからなくなる。しかも,関東では,大阪焼きとなるものがあるらしい。関西では絶対に聞かない名前である。それそのもの自体は関西ではリング焼きとして売られているが,べつにこれも大阪焼きと言うほど,大阪特有はおろか,関西人でも知ってる奴は少ない。こうなると,一体関西とは全国でどんなものでとらえられているのか不思議になってくる。小麦粉好きで,突っ込みやってる奴ばかりとおもわれているのだろうか・・・
1997 11/21
今日はある用事のために,遅めの昼食を取ることになった。お気づきかもしれないが,私は金があるときはフーァストフードを極力避けるきらいがあるので,ちょっとした定食屋にでも入ろうと思い,その様な店が密集している通路に赴いた。昼過ぎとも言うのにかなり人は入っており,何となく落ち着けなさそうな感じがしたので,混んでいる店には入りたくはなく,その中でもひときわ人の少ないソバ屋に決めることにした。そのソバ屋は以前東京で入ったことがあり,味的な物は大体の想像が付いていた。その時食べたものは,真っ黒で濃厚なツユで,ダシがたっぷり効いた私好みの味であったので,以前経験した味と同じものをがでてくる期待を伴侶に店にはいった。座ったと同時に注文し,来るまでの間,自分の想像の味と出てくるものの味の違いを楽しみにしていた。(当然の事ながら,この時点では想像味<実際の味である)。が,その甘美な想像をトレイに載ってやってきたものは粉々に打ち砕いてくれたのだ!なんとソバツユが真っ黒でなく,しかもソバは関西らしくざるそばと同様のものを使用していた,おまけに,そのソバを泳がしているツユは横の客が食している,うどんとの共有のツユくさかった。当然の事ながら,関西ではうどんが主流であるので,共有と言うより,居候に近かったもしれない・・・・想像味>>実際の味というのが,食する前にわかってしまった以上,割り箸を割るときにも何となくパッキリと割れない。徒労感のもとでそのソバを食っていると,なんとなく悲しい気分になり,まだ2桁台だと思われるソバの本数を残して,その店をあとにした。東京でうどん屋の看板を見ると「関西風」などと短冊に囲まれた文字が座っている場合もあるが,大阪のソバ屋で「関東風」などと短冊に囲まれた文字はまだ見たことがない。こうなると,どうしても関西で東京のソバが食べたくなってくる。だが,それは不可能に近いのかもしれない。しかし,関西人の全てがソバツユが真っ黒だと気色悪いとか思っているわけでもなく,また関東から関西に来た人もいるわけで,ソバの真っ黒なツユを望んでいる人はそう少なくはない。しかし,関西人に言わせると,関東風というものはなかなか想像が付きにくい。というのも関西風というと,何となく薄口であると言う感じがする,一方,関東風というと,良くてもおでんが思いつくくらいで,そこから一気に濃いという感じは浮かんでは来ない。となると,人々が象徴的に思っている関東風というものがない以上,看板に関東風と書くことが出来ないのである。関東風が有効なのは,無意識的かつその場諸自身が関東風であり,そこでは関西風が象徴として取り扱われる。よって,もし関西で「関東風」という看板を掲げたソバ屋ができたとしても,客に「おでん無いの?」といわれるぐらいの店にしかならないのである。
1997 11/20
文章で最初に意識に働きかけるものは一体何であろう。文体?構造?論旨展開?いや,そのいずれでもなく,やはり最初に目につくのは字体(フォント)である。それは,文字の記号的伝達には全く無関係な,視覚的な伝達であり,人が手で文字を書く限り,そこには状況が挿入される。たとえば,ぱっと見た文章が,丸字書いてあれば,女性が書いたもので低年齢,そのなかでも特に交換日記などの類で・・・と,実際は異なるかもしれない想像が勝手に出来てしまう。まさか丸字を見た瞬間,内容が国家機密に関することであるなんて,思う輩はそう多くないはずである。が,ここで文字の視覚的認識が,個性を持つと考えるのは大間違いである。なぜなら,前述の通り,「丸字→かわいげのある文章」と,多くの人々が解釈する。これは,経験から来たものであり,その人の個性を判断した結果ではない。また,文字の意味も,経験から学ぶものであり,産後にいきなり文字を読み,理解するなどということは,あまりない。つまりこの点で,文字の意味と視覚的認識は共通である。このことから字体は文章の内容を少なからず表現する。だが,現在進行中の「デジタル化」というものは,文字から一つの意味を抹殺しようとしている。幼児がインターネットで交換日記をするさいも,国家機密のデーターも文字の指定をしない限り,全て同じ表情をするので,文章の意味を介さない限り,見た目では国家機密か交換日記か判断不能なのである。また,交換日記にもかわいげが無くなり,もしかしたら,幼児さえも裏取引など走る世の中になってしまいかねない(爆)。そこで,GUI化などが進行し,マシンパワーが劇的に向上しトルータイプなどのものが出始め,すこしは文字への化粧を施し始めたのだが,相手方も,そのトルータイプを持っていなければならないので,丸字を全てのマシンに登録するのはまだ少々時間がかかるであろう。しかし,その間文字は顔に化粧をせずに,我々の前にその無愛想な面をさらけ出すのか?いや,そんなことはなく,この世には顔文字というものがあると唱える人がいるが,これは大きな盲点がある。なぜなら顔文字字体は,(;;)自体で悲しいを表現する。つまり(悲しい)であり,めんどうでなければ「悲しい」という単語自体を挿入しても良い。つまりぱっと見で表現することが大切であり,顔文字を使っただけでは,「まじめではない」というのを伝えるだけで,それ以上のものは何も伝えない。文章全体を表現できないという点で,顔文字は劣っている。本当はこの独り言自体も筆で書きたいのだが,いかんせん私の字は汚く,文字の顔以前に,顔と認識することもおろか意味さえもつかみとれないのである。(今日は落ちがありません(爆))
1997 11/19
関西人が東京に行って驚くものの一つといえば,ファーストフードの店舗の多さであろう。100mごとにファーストフードの店があるといっても過言ではない。と,この店舗の多さの理解に苦しむ関西人は,昼食などで定食物などを食したときに,その理由の一つを発見できるのである。何となく値段が高いのである。そう,倍とは言わないのであるが,1、5倍ぐらいなのであるが,昼食時の1,5倍というのはかなりきつい。普通関西では,夜は居酒屋をやっていて,昼はちょっとした定食屋をやっているってとこでは,大体500〜700円ぐらいでたべれる。であるから,おのずと,ファーストフードは競争範囲に入ってくる。ご飯物でないといやだとか,ファーストフードの味は決まってるとかなどで,絶対ご飯物!という人ならば,フーァストフードより定食屋を選ぶであろう。一方東京では,私,Gaeruが感じた限りでは,なかなか500〜700円程度で定食屋で食することはdos/vパーツであと一つ揃えばマシン一個組立可能というぐらい発見するのが困難である。さがせばあるのだろうが,私の知る限りでは東京での定食の相場という物は800円から1000円程度であった。となれば,500円程度で食べれるファーストフードとの競争力をうたがってしまう。世の中には,ファーストフードを健康に良くないと批判したりする人が良くいるが,それは人々が好んでファーストフードを食するのではなく,状況に追い込まれているという感じがする。実際に3食をファーストフードで過ごしている人は少ないであろう。もしかしたら,出来れば昼食も過ごしたくないという人もいるだろう。だが,これらの理由で,食することが出来ないのであれば,必然的に日本の昼食にファーストフードというものを認知せざる終えないであろう。私の考えではファーストフードの発達は決して日本人の味覚の変革ではなく,食費事情の変革である。
1997 11/18
昨日この日記を見て,食卓の味噌汁に普段は入れないテンカスと唐辛子を入れた人は,GAERUのヘン大差を再確認できたであろう(爆)。辛いという味覚は,私のおいしいの中の,一つの要素である。しかし,私からして見れば意外なことに,辛いのがまずい要素である人がいるようだ。私の行きつけの中華料理屋の中華丼は,甘い。醤油,砂糖もしくわミリンで主な味を作っているのであろう。が,私の好きな中華丼は,醤油,胡椒,あと肉や魚介のエキスで主に味を作った物である。辛いというのではないが,少なくとも甘ったるくない中華丼が好きなのである。ところが不思議なことに,前述の通り辛いがまずい要素の人はいるのだが,甘いというのにまずい感覚を覚える人は今までにあったことがない。甘さというのはエネルギーを表す味覚であるそうだから,まずいと感じることはありえないのであろう。が,辛さとは一体何を表す味覚なのであろう?刺激を求めるだけの味覚であるのなら,私は被虐主義かマゾである(一部ではそういう説も(爆))。それとも,辛いという感覚は人それぞれの物であって,私の辛いと,あなたの辛いは異質な物なのかもしれない。もし,私があなたの辛さを味わうことができたなら,それが渋いや苦いにちかい感覚があれば,私はまずいと感じるのかもしれない。いずれにしても,他人の見てる物や味,感覚などというものは数値上に表すこともできなければ,自身が被験する事もできない。共有は出来るが理解は出来ないのである。であるとすれば,辛い物のうまさを,辛さをまずさと認識してる人に勧めるのは,嫌がらせ以外の何にでもない。よって,サービス業が客に嫌がらせをする訳にも行かず,チェーン店の中華丼などは甘い場合が多いのであろう。だが,辛いをうまいと感じる私のような人のために,「激辛ラーメン」とかいうノボリをたてている店もある。辛いをまずいと感じる人には,そのノボリは「激まずラーメン」としか目に映らないにちがいない。ちなみに,私の行きつけの中華料理屋は,チェーン店である。
1997 11/17
この言語を読める人ならば,生まれてから一度は味噌汁を食したことはあるはずだ。この食べ物は,名前の通り味噌の汁であり,それぞれの違いとなる要素は具と味噌の種類である。味噌汁は,各家庭ごとに特徴があるが,それを確かめることはなかなか難しい。他の家庭でご馳走になったとしても,焼き肉や出前などで,普段的な料理をたべることはあまりなく,味噌汁をいただける機会はなかなかない。もし幸運にもありつけたとしても,他の家の味が気に入らなければ,「こんなまずい味噌汁で満足してる,貧相な舌を持った貴様ら家族に,俺の家の味噌汁を食わしてやるぜ!」と食事を出された感謝の笑顔とは裏腹に,心の中で思うこともあるだろう。が,不思議と外で食べる味噌汁に,憎悪の念をもつことはすくない。基本的に外食で出てくる味噌汁は,ワカメ,豆腐,シジミという一般的な味噌汁の具である。しかも,その味噌汁はあつあつであることはめずらしく,味の内容としても味噌汁・・・・という以上は何にもない。やはり,これぞ味噌汁!というのを感じるのは,家の味噌汁を食べたときである。私の家の味噌汁は少々変わっている(と,多くの人は自分の家が特別だと思う)味噌は赤味噌(濃いめに),まぁ好きな家では使っているであろう,だが,具はそうめんである。さらにそこに,天かすと薬味ネギを加え,大量の唐辛子ともに食するのが我が家の味噌汁の定義である。家での味噌汁というと,これ以外にはない。が,外食をしたとしても,この味噌汁が出てくる可能性は,太平洋のメダカに石を当てるより難しい。だが,家族で食べに出たとしても,外での味噌汁で我が家の味噌汁を指すことはまずなく,どうやら味噌汁というのは,家と外との境界線の一つであるのかもしれない。あなたの家の境界線は,どんな味?
1997 11/16
中学生の頃、HDDの容量よりもはるかに大きく、しかもFDDよりも読み込みが早い(標準速だったが)CD-ROMにかなり興奮したもので、いつかはCD-ROMを目指していたのは嘘ではない。その夢の機械であるCD-ROMが、今私の家にはごろごろと転がっている。CD-ROMの普及で、快適なデジタル生活がおくれる、また、ソフトのインストールもスムースで!と思ったものであった・・・・ほんの3、4年ほど前までは「CD-ROM付き」と書いて、200円ぐらい高くても雑誌を買っていた。が、最近は付属している雑誌は珍しくもなく,しかも、古いCD-ROMがどんどん溜まってくる。そう、こいつらが厄介なのだ。生来貧乏性の私は、CD-ROMを痛みを伴わずして廃棄するのは難しい。しかも毎月ついている雑誌などを講読してたときなどは、溜まるスピードも速い。おまけに2枚組みなんてとこもある(爆)かといって、捨てるのに心の痛みを伴う彼らの内容はつめこまれるだけつめこまれたムービ、頭数をそろえるために拾ってきたソフトなど、といった類のもので、そうたいしたものではない。どう考えても容量をもてあましている。いや、もてあましてるだけならいいのだが、おもしろそうにソフトを紹介し、ユーザーに体験版ならばいいが、操作さえできないソフトを無駄にインストールさせることもよくある。便利と裏腹にということで、よくいわれることだが、CD-ROMは、私の望んだ、スムースなインストールを実現はしたが、望みの影に隠れた無駄なスムースなインストールというのも同時に運んできた。あなたの携帯電話などは、どうですか?
1997 11/15
すしネタ同様日記のネタというものは、あたらしいものがいいのであろうか?と、こんな事を書いてしまうとネタ切れだと思われるか知れないが、実はそのとおりであったりもする。と、言う冒頭の文章で、キムチのうまさを賞賛しようしたとき、ふとある音楽が耳に入ってきた。ちゃーちゃーちゃーちゃちゃちゃちゃー、という本人は、寸分の違いもないリズムを刻んでいるはずと思っている暴れん坊将軍のサウンドである。それがシリーズ8作目であるということは、番組が終了したときに気づいたのであるが、音色の違いには、すぐに気づかされた。なんとあの聞き慣れたサウンドが、GMからGSな感じにパワーアップ、さもなければ番組のプロデューサーがスウェーデンのダンス系の音に耳を奪われたとしか思えない感じに、なっていたのである。まぁ以前よりリズミカルといえばリズミカルなのだが、いかんせん日本刀よりもライトサーベルがマッチしてしまうような感じもする。もとい、暴れん坊将軍を今週見ていない読者がネタを楽しむには、一週間待たなければならず。すしネタのように新鮮のうちに!とは言えないのである。
1997 11/14
たらこスパゲッティーってのは誰が考えたのだろう?突然こんな事を聞いてびっくりするだろうが,私はたらこスパゲッティーが大好きなのである。しかし,好きな種類はコンビニで売っているからめてすぐ出来るよーん関係なのである。そういえば以前,本物のたらこスパゲッティーが食べたいと思い,生のたらこをただ単にからめて食したが,実に致命的な味であった。油分が決定的に不足しているのである。つまり,ぱさぱさした感じで,かつゆでたてのスパゲッティーの熱量でたらこが変質してしまい,とてもグレートな味になってしまっていたのだ。って事から考えると,単にたらこを混ぜてこりゃうまいと思った人が作ったのではなさそうだ。もしかしたら,日本生まれのスパゲッティーとかいいながら,イタリアのごく一部では当然として食べられていたりして(爆)
1997 11/13
またペソティアムのバグが発見されたようだ。今度のは,前のとは違う「CPUをダウン」系らしい。詳しいことは良く知らないが,ある命令を4っつ実行すると起こるようである。しかもこれは通常では絶対ありえない命令らしい。ここで,前回のバグと今回のバグとがどちらが致命的なバグと言えば,やはり前回のバグであろう。コンピューター自体正確な情報を出力することが一番の目的である。つまり,誤情報を流すくらいなら,流さない方がましなのである。まぁ以前のバグも,よっぽどの計算をしない限りでないのであるが(学生時には,整数型以外あんまりつかわん気がするしね)以前ほど大騒ぎしないのは,やはり鯖系統はまだスパークが多いからだろうか?
1997 11/12
「コンピューターってのはやられるためにあるんや」と,隣の少年がいった。今日は久々に予備校の帰りにゲーセン寄り,ストリートファイター2ターボの台に迷わず座った。100円玉を投入してプレイしていたときにあの声が聞こえたのである。彼のやっていたゲームは某NEO○EOの,97なんちゃらって奴なのだが,はっきり言って,このゲームのコンピューターはあまり好きではない。なぜなら,妙に演出家なのである。起きあがりの飛び込み時には必ずといっていいほど入るのだ。どちらと言えば,私は反応型,つまり飛び込み時には迎撃,という悪く言えば,後出し的な物がすきだ。そこで,その演出家について考えていくと,演出家でなければならないのだから,やられ方も派手でカツやる方も派手でなければならない傾向にあり(必ずしもこの傾向になるとは言わないが,現在のゲームはすくなくともこの方向である),どんどん必殺技においての演出の度合いが増えてくる。演出の度合いが増える,言い換えればダメージの増加,先行的に出す有利さ,かつ出した後の有利さである。確かに,スト2にもハメといわれる物があったが,ラウンド1ファイトでいきなりハメって言う技はない。が,そのゲームは,いきなりというわけではないが,ほぼこれは抜けれないってのがある。いわゆる固めが発展していっているのだ。しかも一必殺技のダメージが,スタンダードな技に比べて,やたらとダメージが大きい。スト2での初心者は気絶したときは投げ!ってのが定石で,うまい人がキャンセルをかましていた。又キャンセルという行為が上級者と初心者との,垣根であったのだ。が,今はどうだろう,キャンセル以前に,練習しないでも誰でもお手軽にダメージ,そこの不器用なおにーさんでも,このわざ出して固めてりゃー4人抜きは出来るよ,という宣伝文句を歌ってるような感じである。こんな事を言うと,キャンセル至上主義,とか玄人好みって言われるのかもしれないが,固めやはめがお手軽に出来るのは,非常に対戦上では辛いのである。スト2におけるハメというのは,練習は必要であったし,かつ地味でかっこの悪い物である。しかし,演出家になった必殺技達はそれらの見場にかんすることを補うために必殺技における固めの美しさの向上に務め始めた。かっこいいハメ,渋いハメ,後味の良いハメになってきている。おそらく,この技を出したのに何故くらわへんねんと,なんでこんな技でこんなに食らうねんっていう思いが,対戦人口を激減させているのだろう。が,おもしろいことにK○fなどが好きな人は,対戦ではめられることが嫌いで,又自分もはめるのが大嫌いなのである。
1997 11/11
今日,授業の合間に近くのスタンバイに見物に行って来た。するとそこで発見したのは,そのむかしスタンバイのPDSコーナーで,ある集団にこき使われて,過労死なされた(爆),あのカラクラ2が鎮座していた。懐かしさのあまり思わず,いじってしまていると「すいません,調整中なので」と指名手配なってる並の速さで,すぐさま釘を差されてしまった。で,お目当てのUOは,入荷していなかった。日本橋にはあるだろうが,仙台でも買えたようなので,大阪の梅田にもあるかな?と思ったのだが,甘かったようだ。ちなみに,そこのスタンバイ,下手な日本橋の店より品揃えは良いのだが,いかんせん金のない専門学校生しかはいってないようだった。やるならば,大学の近くでやればお金たくさん持ってるので売れるかもしれないのに。
1997 11/10
<アルバムベスト 10>
1.Minnna Daisuki −− 吉田拓郎とLOVE LOVE ALL STARS
2.Ballade of Ballade −− 徳永英明
3.WANDS BEST〜HISTORICAL BEST ALBUM〜 −− WANDS
4.REVIEW〜BEST OF GLAY −− GLAY
5.BEST OF DREAMS COME TRUE −− DREAMS COME TRUE
6.ベスト・オブ・エンヤ−− エンヤ
7.メリー・アックスマス −− オムニバス
8.スティング・イン・シネマ −− ステイング
9.ロマンス〜世界の名歌をうたう〜 −− 米良美一
10.Works I −− 久石譲
さいごの9位と10位は,もののけ姫の影響でしょうなぁ(爆)来春の,アメリカの公開で,アメリカの記録を塗り替える可能性すら秘めているそうな・・・・・
1997 11/9
ワインてのは高いやつを望んだらいくらでも高い物が買えるようだ。実際,昨日安売りかと思って入った店で,3000円と思って取ったワインが3万円で,親と共にびっくしりしてしまった。我々にとっては3000円でも充分高級なのだが,そこの店の最低の値段が3000円ぐらいなのである。店内をよく見ると,外人アンド身なりの良い老夫婦,あといかにもフェロモンだしまくりの中年男性であった。そのなかで親子ともども浮いていた(爆)
1997 11/8の午前中
昨日はIRCでベーマガの話になった。ベーマガとはマイコンベーシックマガジンの略で,今の年齢でだいたい20から30ぐらいの,当時コンピューター好きの少年や青年が買っている雑誌であった。その当時小学生だった俺は毎月一回ほとんど必ずそれを買っていた。異様にその話で盛り上がり,なぜ君の年齢で付いていけるのかと言われてしまった(爆)いまや,影さんやつぐみサンはどうなっているのだろうか。そういえばあの時グラフィック重視のゲームが増えると,ゲーム産業は衰退するといわれていたのが,まさしく今現実化しようとしている。また似たようなゲームの乱立などなど,あそこで,こうなったらおもしろくないということが,ほとんど現実化した・・・・実際,RPGとSLGとポリゴン物の乱出で,これからを担う若い世代の間では,ファミコンは人気no1ではないらしい・・・・
1997 11/7
k氏に内容変わってねーじゃねーかと指摘されて,更新しようと意気込んだものの,書くことが思いつかず結局,更新できずじまいくさい。今日はスパ王のバジリコ風を食べた。ガーリックスパゲッティーのイケ線な感じ。が・・嫌いな人には,たまらんのだろうなあのニンニクが・・・・・・それよりも,阪急でイギリス物産展で紅茶のリーフのをかうことになって,2000円ぐらいのリーフを買った。紅茶を入れてみると,すげーそれがすげーのだ,香(においとよめ!)が違うのだ!味はともかく香、香(k氏には痛い言葉か?(爆))すげーのだそれが,ジャスミンとも烏龍茶とも言えない高貴な香,2000円の価値はある(2000円でここまで)お金に余裕のある人は是非おためしあれ。それより明日は,ゲーム完成させるゾ・・・(どうせできん)
1997 11/6
久々にHPの感じを変えてみることにした。ちょっとしたスクリプトを変えただけなのだけれども,他の部分まで手が入って結構時間がかかってしまった。今日はちょっと勉強してみようかな(浪人してから初めて思った......)と思ったのに気づいたら11時なのだからどうしようもない(汁)1昨日,新ゲーム(ぉ!)のコーディングをしてたら,VC吹っ飛んで,ダイアログのコーディングの部分がぶっ飛び,3時間の苦労が水の泡。マックならよくあることなので諦めが付くが,Winでやられると,おもわずディスプレイをパンチしてしまう。しかもWinの場合は,復旧すんじゃねーのっていう素振りを見せるので,パンチにマッハが付くのである。しかもマックの場合は「なんで止まっちゃうの〜」っていうのが時々あるから苦笑いって感じ。しかし,マックのことをこんだけはなすってのは,やっぱりマックが恋しいのかな(爆)
先日IRCに参加してみた,最初インターネットやり始めた頃IRCってなにと道風さんに聞いていたことが思い出される。けっこう使いやすかったので今度プチチャットでも入れてみて,気持ちよくチャットでもしてみようかな,なんせWebチャットかけたまま,Quake対戦は出来ないからね!
久しぶりにホームページを更新!長らく遠ざかっていたのでパスワードさえわすれてた。もう授業も全部終わって,あとは試験だけ,来年気持ちよくQuakeをやっていることを願うのみですな,もしかしたら後ろめたくホームページの更新をしてるかも・・・・・
はぁー,センターまであと一ヶ月,センターにQuakeの実技試験があったらなー,でもBasicは取るで!
今度はメモリーの値段が下がり始めた!今買い時なのかいつ買い時なのかも,わからない。ただ言えることは,メモリーを買う前に一回は現地(秋葉とか日本橋とか)に飛んだ方がいいようだ
K氏がレーザー光線がでるものをかった,なんか500mぐらいとぶそうな,ただ「なんにつかうん?」と聞くと愚問だと言ってゲンドウのように冷たく返答した。これを返答に困ったと観るか,俺が悪いのとみるか本人のみぞしるやな?
きぇー最近Quake対戦にはまりまくり,だってむっちゃおもろいもん,ゲルーシさんともDOOMを対戦したが,遅くて対戦にならなかった。フンコロガシさん気持ちは分かるぞ!
何でも良いけどQuakeのせいひんばんかった for KUSA
ついに,更新3ヶ月ぶりぐらいだ,まぁ浪人中なのでこれぐらいで許して下さい,それよりもみやおうさんからパソコン貰ったけどまだパーツが揃わずいえにころがっているまま,どーしたもんだろ
もののけ姫を見に行った,なんとおもしろい!最近見た映画の中で一番刺激的であった。ほとんどの人が意味わからんとかいってるようだけど,あれに意味はあんまりないとおもう,無理にあるとしたら,人間は自然より強いが、死の恐怖は他の動物と一緒だ,そして弱いものはやられる・・・という自分なりの解釈をしているが,あんまり意味を考えずに見れる映画であったと思う。。それよりエヴァを実写でやるとしたらやっぱり外ん道は緒方拳かなぁーじつに実写版でやって欲しいGaeruであった
よくみるとずっと前の誰かに聞かせたい独り言で,「来年は気持ちよくQuakeを」という部分があるけど,まさにその通り,気持ちよくQuakeもやりそして後ろめたくHPの更新もしている(ぉぃ
